明治初年日本三農の一人とまでたたえられた伝次平は天保3年前橋市に生れ、青年時代から農事にはげみ、又赤城山に植林した。その知識と能力が認められ、内務省御用掛・勧農事務取扱・農商務省農事試験場技師となり、農事改良や駒場農学校設立に尽くした。

船津伝次平の銅像と前橋市立図書館富士見分館